哀愁漂う最果てのシマ(集落)「西古見」から見る夕陽

瀬戸内町古仁屋からカーブの多い山道に車を走らせること1時間、奄美大島最西端に位置する西古見集落。

奄美大島の中心地名瀬からは車で2時間。名瀬、古仁屋といった街からかなり距離があり、頻繁に訪れることができないため「陸の孤島」とも呼ばれている。

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集落に入ると、まず海に浮かんだ3つ連なる小島「三連立神(さんれんたちがみ)」が目に飛び込んできた。

※「立神」とは海の彼方の理想卿「ネリヤカナヤ」から神様がやってきて最初に立ち寄る場所と言われ、奄美大島では古くから信仰の対象とされてきた。向かって左から「沖の立神(ウキヌタチガミ)」「中の立神(ナハンノタチガミ)」「根の立神(ネッヌタチガミ)」。

集落を見守っているかのように浮かぶ立神におもわず、「おじゃまします」とつぶやいた。

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海と向かい合わせにある集落の入り口にはサンゴの石垣が。奄美大島では残り少なくなってきたこの景観。まるでタイムスリップしたかのような気分だ。

吸い込まれるようにして石垣と石垣のあいだを抜けていく。

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集落内に入ると、先ほどの海の景色とは真逆な山の景観が。

海と山が隣合わせということに、町育ちの私は驚いた。しかしもっと驚いたことは、その静けさ。集落内は静まりかえっており、人っ子一人いない。

携帯を見みてみる。薄々感づいてはいたが、やはり圏外表示。

ふと、この世にひとりぼっちになってしまったような、そんな感覚におそわれた。

すっかり心細い気持ちで集落内を散歩する。

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すると、第一集落民のおじぃと遭遇。

孤独感をまとってさまよっている私を見ると、「どこからやってきたの?」とやさしく声をかけてくれた。ああよかった。一人じゃなかった。

後に聞くと、かつてこの西古見は大島郡で初めて漁船を造り、カツオ漁に乗り出した大島郡漁業発祥の地として大変栄えた集落だった。

大正の終わりには1400名も人口がいたけれど、だんだん漁業に陰りが見え始め本土の方に出稼ぎにいく人が増え、今はもう人口60人をきる過疎集落になってしまったそう。

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集落を一周し、また入り口のほうに戻ってくるとカラフルにペイントされた防波堤を発見。

誰が何のために書いたのか定かではないがとてもシュールだ。

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気がつけばだんだん夕暮れに。夕日が海を照らし、道を作っていた。とても神々しくみえる。

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サンゴの石垣の前にあるベンチにはおばぁが座っていた。お墓参りの際にお供えする葉っぱを摘んできたのだそう。なんの葉っぱかはおばあもよく分からないと言っていた。

「冬はね、ここから三連立神のちょうど真ん中に落ちる夕日が見えるんだよ」と教えてくれた。

撮影時はちょうど春-夏だったので、右にずれている。

笑顔の素敵なおばぁ。いつもここに座っているのだろうか。おばぁの隣に座り、海を見てみた。ボーっと黄昏るのもたまにはいい。

そこから考える事を一切止め、ただ沈む夕陽をみていた。

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帰り道、ちょうど夕陽が三連立神に落ちるスポットを見つけた。西古見~古仁屋の県道沿いの山道。上から見る立神もまたいい。

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集落を優しく見守る立神、温かい集落の人達。

この哀愁漂う神々しい夕陽は最果てのシマ・西古見でしか感じることのできない夕陽だ。

西古見集落

大島郡瀬戸内町西古見

この記事を書いたフォトライターPHOTO WRITER

フォトグラファー/しーま編集部。 奄美2世。大阪のフォトスタジオで勤務後、 幼少期から何度も訪れていた思いいれのあるシマに2014年移住。写真や言葉にするのが難しい奄美の美しさをどう表現するか日々模索中。

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