西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.3〜西郷南洲第二の潜居地〜

島コト

2017/10/23

ペン

トウコ

2018年NHK大河ドラマの主人公は、明治維新の立役者である「西郷隆盛」。
生まれと活躍の場は鹿児島本土が中心だが、実は奄美大島に3年ほど住んでいた経歴がある。

激動の時代のなか、ふいに訪れた島暮らし。
奄美大島の龍郷町に残る西郷さんゆかりの地をめぐり、偉人の心に思いを馳せる第3回。

 

<西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅 全4回>

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.1〜りゅうがく館〜》

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.2〜西郷松跡地〜》

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.3〜西郷南洲第二の潜居地〜》

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.4〜龍郷集落〜》

 

西郷さんが見ていた龍郷の海と第二の潜居地

奄美龍郷:晴れた日の海

(前回より続き)西郷松本舗を出て、次の西郷さんゆかりの地へと車を走らせる。
海沿いの道を移動するなか、龍郷の海の美しさに何度も目を奪われた。

奄美大島では古来「龍宮とは大島のこと」という龍宮伝説があるそうだが、この海岸線沿いの景色はたしかにその伝説とイメージが重なるほどに美しい。

奄美龍郷:晴れた日の海

龍郷の美しい海は「土中の骨」(vol2)のようになっていた西郷さんを、少しずつ癒してくれたのではないだろうか。

奄美龍郷:晴れた日の海

しばらく行くと左側の道路脇に、小さな白い立て看板が見えてきた。

奄美龍郷:西郷隆盛(菊池源吾)の2度目の潜居地の看板

車を止め近寄ってみると、
「西郷隆盛(菊池源吾)の2度目の潜居地・・・
山麓に向かってここから約40メートルの地点」と書いてある。

奄美龍郷:西郷隆盛(菊池源吾)の2度目の潜居地までの小道

どうやらこの小道を行くらしい。

 

奄美龍郷:西郷南洲第二の潜居地

山に囲まれた畑地の中に「西郷南洲第二の潜居地」はあった。

石垣以外に屋敷の跡はなく、広々とした静かな場所がひろがっている。
当時はここに、一見城郭のような構えの「龍家」の屋敷があったという。

西郷さんはこの屋敷内にあった離れの一軒家に、龍家の世話になりながら住んでいた。

「龍家」は奄美大島において最も家柄の良い郷士格の出身で、のちに西郷さんが奄美大島で迎えた妻の愛加那さんも、この龍家の血筋にあたる。

 

西郷どんゆかりの地MAP:龍郷
西郷どんゆかりの地MAPの説明によると、西郷さんは2年8ヶ月をこの「第二の潜居地」で過ごした。

当初の島での生活(1番目の家の頃)は、まだ島民との心の接触もなく、ひとり自炊しながらの毎日。
時に自己嫌悪のために奇声をあげたり、大声をはりあげて剣や相撲の稽古をし、その悶々とした気持ちをはらしていたという。

島の人たちは西郷さんをよほどの粗暴人ではと警戒し用心していたようで、西郷さんもそんな島民に親しみが持てなかったようだ。

 

この頃に西郷さんが書いた大久保利通あての手紙の内容は、文面もとげとげしく、天気や島民の様子に愚痴をこぼし、何をするにもやる気がでない様子。

島の方言や風習、島民の気持ちが理解できず、いろんなことが思い通りに運ばないことから、西郷さんは自暴自棄になっていたのかもしれない。

 

奄美龍郷:西郷南洲第二の潜居地
来島から2ヶ月後、住まいを第二の潜居地(2番目の家)に移した。

島民との接点は増え、黒糖収奪で苦しむ奄美の人々の待遇改善(記事vol2)にも努めたことで、島の人たちの信頼を徐々にうけるようになっていったが、それでもまだ西郷さんの心は固かった。

そんな西郷さんに大きな変化が見られるのは、愛加那さんと結婚したあたりからだ。

手紙の中で愚痴っぽい表現がなくなり、代官へ新生活のための品を注文したりと、家庭を整えるために一生懸命の様子だ。

 

 

指を握る赤ちゃん

そして1861年1月。愛加那さんは長子・菊次郎を生んだ。

西郷さんがこの頃に書いた、大久保利通あての手紙には、
「尚々、野生には不埒の次第にて正月二日男子を設け申し候。御笑い下さるべく候 ー(下略)」
と、なんとも照れくさそうに父親になったことを報告している。

また、自身の召喚に目処がつかないことを「諦めているから気にするな」と言い、島にも親しい人達ができたと喜びながら
「私には頓と島人に成り切り、心を苦しめ候事計りに御座候。」
と書いている。

 

奄美大島に来て約2年。
ようやく西郷さんは穏やかな心を取り戻し、様々な人たちと触れ合うことで、人間的にも大きく成長することができたようだ。

愛加那さんを妻に迎え、初めての子供を授かり父親となったこの第二の潜居地は、西郷さんにとって奄美で一番思い出深い場所だったのではと思う。

 

快晴の空と青い海

のちに「姓名を改めて藩へ戻るように」と召喚状がくだり、帰藩したときの西郷さんの新しい名前は「大島三右衛門」。

奄美大島で暮らした3年間は、西郷さんの新しい名に込められ、再び激動の大舞台へと旅立っていった。
(次回へつづく)

 

<西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅 全4回>

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.1〜りゅうがく館〜》

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.2〜西郷松跡地〜》

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.3〜西郷南洲第二の潜居地〜》

《西郷隆盛ゆかりの地をめぐる奄美大島の旅Vol.4〜龍郷集落〜》

 

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MAPデーター:龍郷町教育委員会
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参考文献:龍郷町誌、南洲翁謫所逸話、愛加那記
西郷隆盛全集第1巻
(西郷さんの書いた手紙が解説と共にまとめられている。手紙の解釈・感じ方は人それぞれ。是非、原本を読み、あなたの西郷さん像を見つけてほしい。)

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この記事を書いたフォトライター

トウコ

トウコ

関西出身。縁あって奄美で結婚。転勤族の夫と供に奄美群島各地を回り、2015年奄美大島に落ち着く。奄美の島々を回るうち、各地の風土・風習・歴史の違いに強く惹かれ、大好きな絵や文を通じて、その魅力を発信していきたいと思うようになる。

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