サンゴの石垣と夕陽が美しい集落、戦跡や灯台、島影が望める絶景だらけの「西古見」

サンゴの石垣が残る西古見集落に3つの「立神」

西古見

奄美大島の南端の町、古仁屋(こにや)から1時間半。

ちょうど奄美大島の“左のおしり”に位置する「西古見(にしこみ)」は夕陽の名所だそうだ。

外洋と内海が混ざり合う場所は、とりわけ海の水が澄むという。

その夕陽はとても美しいだろうと思ったが、サンデードライバーのわたしには夕陽の後の夜道が心配だったので日中に訪ねることにした。

観光地化が進んでいないといわれる奄美大島だ。

いくら景勝地とはいえ、サッと眺めてしまえば終わりで、滞在時間なんて30分もあれば十分だろうと思っていた。

しかし、それは大間違い。

西古見

美しいサンゴ石垣の集落に、青い海に悠然とあられる3つの「立神(たちがみ)」は見応えがあった。

西古見

「立神」とは、集落近くに浮かぶ小島のこと。すべての小島が「立神」というわけはない。奄美大島に根付く信仰で、神々が暮らす理想郷「ニライカナイ」から降りてきた神様が最初に立ち寄る場所だそうだ。

 

西古見にはそれが3つも並んでおり、さらに海もやはり美しい。

 

点在する戦跡、絶景を望む観測所跡

 

車をその先に進めてみよう。

道は次第に細くなり1本に、コンクリート造りの四角い廃墟が見えたらそれは「陸軍兵舎跡」だ。

奄美大島には景勝地がたくさんあるが、眺めが良く見通しが良いということは見張りをするのにもいい、ということ。

1920年(大正9年)、薩摩藩からの支配から解放されたばかりの奄美大島は、軍事上の拠点として奄美大島要塞化が進められた。

太平洋戦争末期には実際に使用され、烈火に飲み込まれた集落もあった。

奄美大島の最西端となる西古見にもたくさんの戦跡が残っているのだ。

「こんなに進んで大丈夫かな?」と不安になるころ、「西古見灯台はこちら」といった看板が出てきてホッとする。

車を左折させるとそこは砂利道だった。

なんだか冒険の香りがしてきたぞ。

こういう道は4WDじゃなきゃ入っちゃいけないんじゃなかったかな、と思いながら軽自動車のハンドルをしっかり握る。

木々が立ちはだかっていてよく見えないけれど、左手はおそらく絶壁だ。

視界が開けたところに現れたのは灯台ではなく、「観測所跡」だった。

西古見

円形の外観が特徴的で、内部にも丸い台がある。

「掩蓋(えんがい)式観測所」と呼ばれるもので、中央の台には監視用の望遠鏡が配されていたそうだ。

ここから射撃目標の方向と距離を測定し、砲台に連絡していたそうだ。

西古見

 

要ドライブテクニック!? 西古見灯台への道のりとは

灯台を目指し車を進める。

「こんなに進んで、引き返せるのだろうか」

不安になった頃、また看板が見えてきた。

灯台……じゃない。

「曽津高崎灯台案内」という看板が立っていた。

「西古見灯台」とは、曽津高崎灯台の愛称なのだ。

西古見

これまたため息の出る絶景だ。

そして崖へへばりつくように伸びる道を見て、灯台まで行くことを断念した。

なんていったってサンデードライバーのわたしだ。

誰かと一緒に来たときに改めて訪れよう。

「曽津高崎灯台」は太平洋戦争の空襲で受けた銃弾跡が残り、銃弾が残っているものもあるとか。

この景勝地が、いつまでも美しい思い出を重ねられるよう、まずはわたしひとりの心からでも、平和への思いを改にした。

ちょっと早いけど、戻ろう。そう思って時計を確認したら、あっという間に滞在1時間を越えていた。

西古見

住所:鹿児島県大島郡瀬戸内町西古見

この記事を書いたフォトライターPHOTO WRITER

デザイナー/イラストレーター/エディター。(株)yours-store代表取締役。東京ナイロンガールズ編集長。1977年生まれ。新潟県出身。好奇心旺盛で天真爛漫な性格から、旅先の風景や出会った人の見せる素が魅力的な写真に、言葉やイラストを載せた絵日記風のブログが大人気。

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