島野菜のおいしさを子どもたちに伝えたい。無農薬で野菜を育てるくすだファーム

島人

2021/03/25

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田中 良洋

「たとえば島きゅうりって、奄美大島の独特のものじゃないのよ。どこでも育つ。違うのは、スーパーで売っているきゅうりは市場の好みに合わせて作られたきゅうりだけど、島のきゅうりは野菜本来の姿。だから歯応えとか違うけど、これが自然のままのきゅうりなんだよ。」

真っ黒に日焼けしてオーバーオールが似合うくすだファームの代表、楠田哲(くすだ・さとる)さんが島野菜について教えてくれました。

最近では島内の飲食店からの要望に応えて野菜をつくったり、個人のお宅にその日採れた新鮮な野菜を届けたりしているくすだファーム。無農薬にこだわった島の野菜は着実にファンを増やしています。

なぜ農家をしようと思ったのか、どんな思いで島の野菜を育てているのか。お話を聞くと楠田さんの島野菜に対する使命感が伝わってきました。

農家を継ごうと思ったきっかけ


楠田さんの家は代々続く農家で、哲さんは7代目になります。楠田家の三男として生まれた哲さん。当初は農家を継ぐつもりはまったくありませんでした。機械化もされず重労働でしんどそうな父。手伝わされながら父親のそんな姿を見ていると、農家になりたいとは微塵も思えなかったと言います。

高校時代に進路に悩んだときのこと。大学には行きたくないし、就職もしたくない。何もやりたいことはありませんでしたが、親の「県立農業大学に行くならお金を出してやる。」という一言で農業大学に進学することを決めました。

農業に対する考え方が変わったのはアメリカに3年間の農業研修に行ったときのこと。アメリカの農業の光と闇を目の当たりにしました。

研修で担当したのは労働者の監視役。安い賃金で働かされる移民労働者たちがサボらずに働いているかを監視する仕事でした。この仕事だけなら、楠田さんの農業への考え方は変わらなかったかもしれません。影響を受けたのは、担当の仕事とは違うところでした。

たまたま近くにオーガニックの野菜を育てている農家がありました。もともと持続可能で循環型のパーマカルチャーに興味があった楠田さん。本来の仕事の合間にこの農家に通い、勉強をしました。

その姿を見てはじめて「百姓ってかっこいいな。」と感じ、農家を継ぐことを決めたといいます。

たった一度だけ辞めようと思った


楠田さんが島で農業を始めて、30年以上が経ちます。その間に島の状況は大きく変わりました。

島で農業を始めた当初、島にはレベルの高い農家がたくさんいたと言います。アールスメロンという品種を徹底した水管理と温度管理で育て、高品質なメロンを育てる農家がたくさんいました。内地からもたくさん注文をいただいていました。

しかし、今は農家も減り、生産量はここ数年で10分の1にも落ち込むほどです。たとえば大根は、昔は毎日2,000本ほど市場に卸されていましたが、今は100本も卸されません。生産者の高齢化が進み、収入も減っているのでなり手も少なく、農業に携わる人は減る一方です。

楠田さんも一度農業を辞めようと思ったことがありました。ミカンコミバエという害虫の被害が出たときです。果実や野菜類に巣食い、直接被害をもたらすミカンコミバエ。作った野菜を出荷することができなくなりました。

打つ手がなく、辞めることを考えた楠田さんでしたが「辞めて何をする?」と何度も自問自答しました。

どれだけ考えても、自分にできるのは農業だけ。それまでは本土に出荷するのがほとんどでしたが、島内での地産地消に方針を大きく変えて難を逃れました。

今まで使っていなかったSNSを駆使し、畑の様子をアップしたり、配達の情報を発信したりして利用者を増やしていきました。

「配達があるので忙しくなったけど、楽しくなった。お客さんから直接『ありがとう』と言ってもらえるのが嬉しい。」

島には小売店がない集落もたくさんあります。車に乗って、頻繁に食材を買いに行くのが困難な人もたくさんいます。そういう人から注文を受けると、自分が島の役に立っていることを実感できます。

島野菜を作り守っていく


「若い世代の人たちは、ニガウリ食べないでしょ。ヘチマも冬瓜もふだん草も食べない。あのおいしさを子どものころに食べておかないと、年とってからは食べられなくなる。」

農家が減っている今、自分が農家を諦めてしまったら島野菜のおいしさを伝える人がますますいなくなってしまう。近年では若い人でも健康志向な人が増え、無農薬野菜を買ってくれる人が増えています。

天候に左右され、台風の影響もある島での農業。収入も減っている今、農業に携わる人が減ってしまっているのは仕方ないことなのかもしれません。でも、誰かがやらなければ島の食卓から島の野菜が消えてしまう。

島野菜を作り続け、守っていくことが自分の役割だと楠田さんは話します。

「自分の思い通りにいったときはすごく嬉しいです。考えて段取りしていたことと、自然の気候が重なると『自分は神なんじゃないか』と思ってしまう。」

屈託のない顔で笑う楠田さん。島の太陽をたっぷり浴び、楠田さんの手によって作られた野菜はどれも野菜本来のおいしさが詰まっています。島に来たらぜひ、島野菜を味わってみてください。

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この記事を書いたフォトライター

田中 良洋

田中 良洋

映像エディター/予備校スタッフ 兵庫県出身。奄美群島の文化に魅かれ、2017年1 月に奄美大島に移住。島暮らしや島の文化を伝えるために自身のメディア、離島ぐらし(https://rito-life.com/)を運営する。

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