奄美の深い森を疑似体験。野生動植物に触れる「奄美大島世界遺産センター」

島コト

2022/08/30

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泉 順義

「奄美大島、徳之島、沖縄本島北部および西表島」の世界自然遺産登録から1年を迎えた2022年7月26日、奄美市住用町の黒潮の森マングローブパーク内に『奄美大島世界遺産センター』がオープンしました。

「世界の宝」となった奄美大島の豊かな自然の価値や、希少な植物・生き物たちの魅力の情報発信。そして、次世代に継承するための自然環境保全の普及啓発拠点になります。国内・世界中から多くの来館が期待される同施設の概要と館内を紹介します。

世界自然遺産登録地としての奄美大島の自然環境

奄美の森を象徴する『スダジイ』と希少動物のロゴ(エントランスホール受付)

奄美大島には多様な自然環境と、太古に大陸から切り離されて独自に進化した様々な動植物が生息しています。その生態系と生物多様性、貴重な自然環境が世界的に認められて、2021年7月26日に世界自然遺産に登録されました。国内では屋久島(鹿児島)、白神山地(青森・秋田)、知床(北海道)、小笠原諸島(東京)に次ぐ5件目の登録になります。

奄美大島の面積の約80%を占める森林はスダジイなどの照葉樹林が広がり、そこにはアマミノクロウサギ・ルリカケス・アマミスミレなどの固有種や絶滅危惧種なども多く生息しています。また人の暮らしと身近な自然とが密接につながり、人は自然からたくさんの恩恵を受けています。

世界遺産センターは、その貴重な自然環境を『実際にフィールドを歩いているように体感・観察する』がコンセプト。奄美の森に生息する野生動植物135個の剥製や模型を使い、生命力あふれる「シイの森」をジオラマで再現しています。さあ、展示室へ入っていきましょう。

イントロダクション『ながいながいいのちのものがたり』

展示室入口へ向かう通路には、ミロコマチコさん(龍郷町在住の画家・絵本作家)のイラストが壁面いっぱいに描かれています。

ミロコマチコさんは1981年、大阪府生まれ。2012年のデビュー作絵本『オオカミがとぶひ』が第18回日本絵本賞大賞を受賞しました。以後、様々な絵本賞や文芸賞を受賞し、2019年6月に奄美大島に移住。そののびやかに描かれる生き物の絵が、年齢を問わずたくさんの人に支持されています。

遠い過去から紡がれてきた多様な生き物を、奄美大島の成り立ちと一緒に「原初」「分離と隔絶」「適応進化」「奇跡」という物語仕立てで表現したイントロダクション。その悠久の歴史にタイムスリップし、いよいよ深い深い奄美の森に入ります。

雨音、川のせせらぎ、昇る朝日、みなぎる生命の営み

そこは碧く輝く深夜の森でした。森に入ってまず目に飛び込んできたのが、直立する巨大なガジュマルと緑豊かなスダジイの樹木。近づいてみると、木の枝には奄美の固有種・トゲネズミとオオトラツグミが羽を休め、枯葉の落ちた根元には天然記念物・アマミノクロウサギの親子が歩いています。

しばらくすると森は静かな雨音に包まれました。渓流には緑や黄色のカエルの鳴声が響き、その奥でハブが虎視眈々と獲物を狙っています。深い森の中にはたくさんの生命が宿り、そのにぎわう生命が奄美の森を形成し、そして未来の森と奄美大島を作っていくのでしょう。太古から現在までつながる生命のにぎわい、そして未来へと、悠久の歴史の営みが見事に表現されています。

室内は「身近なシイの森」「深みを増すシイの森」「大木が支えるシイの森」「雲霧林」「渓流」「マングローブ林」、6つのコーナーで『奄美の森』を再現。壁面5カ所の巨大スクリーンの映像と照明・音響が連動し、奄美の森は15分ごとに昼から夜へ移行を繰り返します。

彼方から昇る真っ赤な朝日、明け方の鳥のさえずり、森を打つ激しい雨音、カエルの合唱。全ての生命の営みがダイナミックに目の前に展開し、その迫力に圧倒されました。

森の再生過程を再現した6つのコーナー

奄美大島は、島の8割以上が樹木におおわれていますが、その多くは二次林です。原生林は林業などで過去に伐採され、その後成長力の強いスダジイなどが芽を出し現在の森を形づくってきました。その再生の過程を、6つのコーナーで再現しています。

( 環境省提供資料 )

身近な森(再生し成長する明るい森) シマ(集落)の周囲にある森は、伐採から20年ほど経った明るい森です。古道や炭窯跡などが残るところがあり、昔から続く人と自然の関わりをみることができます。明るい森を利用する多くの動植物がすんでいます。

深みを増す常緑の森(生き物たちでにぎわう森) 伐採から35年程度が経った森では、シイの葉が日光をさえぎるので森の中は暗くなり、背の低い樹木や下草、落ち葉が積もった林床など、たくさんの種類の階層ができてきます。多くの生き物のすみかや食料を提供する、豊かな亜熱帯多雨林へと成長していきます。

大木が支える森(たくさんの生き物を育む森) 年月を重ね、伐採から50年以上が経った森には、さらに成長したシイなどの大木が見られます。幹に樹洞ができたり、板根を大きく発達させたり、様々な姿かたちに成長します。大木には多くの着生植物が育ち、林床にも希少な植物が見られます。この樹洞や倒木など様々な環境が奄美大島の生物相を支えています。

雲霧林(霧に包まれた冷涼な森) 熱帯・亜熱帯地域の海抜500m以上の山域は、晴れた日でも雲や霧におおわれ湿度が高く日射量が限られています。強風や乏しい栄養状態にたえるため、背の低い樹木が多いことが特徴です。シダ類やラン、蘚苔類など枝や岩壁に着生する奄美固有の植物を見ることができます。

渓流(命を育む豊かな水の流れ) 山地から海までは急峻な地形が多いため、水の流れでたくさんの尾根と谷がつくられました。植物は、増水時の激流や減水時の乾燥に適応するために、葉を小さくして水流に抵抗を少なくしたり、早く乾燥するために葉の毛を少なくするなどの進化をしました。水辺には奄美固有のカエルやトンボなどが見られます。

マングローブ林(山と海がつなぐ生命の満ちる場所) 奄美市住用町にある役勝川と住用川が合流する河口付近に広がるマングローブ。主な構成種はメヒルギとオヒルギで、サキシマスオウノキやシマシラキが混生します。またリュウキュウアユなどの稚仔魚や、甲殻類の幼生成育場所にもなります。ミナミトビハゼなど多様な生き物が生息しています。

空間の演出と連動して一日の森を体験

( 環境省提供資料 )

高さ5.5メートル幅11.5メートル(190インチ)の巨大スクリーン。ガジュマルやヒカゲヘゴ、朝から夜までの空の移り変わりが映し出される

「マングローブ林コーナー」では湿地帯の様々な生き物を解説

ガジュマルの枝から静かに獲物に狙いを定めるハブ

ギンリョンソウは湿った土壌に生える多年生腐生植物。てっぺんにうつむき加減のユニークな花が咲いている

物販コーナーでは各種アウトドア関連商品を販売

世界遺産センターは、環境省・奄美大島5市町村・鹿児島県・㈱SQ(物販事業者)が連携する「奄美大島世界遺産センター運営協議会」が管理・運営してます。

環境省(奄美群島国立公園管理事務所)保護管理企画官の山根篤大さんに話を聞いてみました。

「伐採から10~20年後の身近な森、50年後の常緑の森、そして大木が支える未来の森。長い年月をかけて再生する奄美の森や太古からの森を、ストーリー仕立てで表現しています。そしてその森を取り巻く雲霧林や渓流、そこに棲む生き物たち。日常で深い森林に行く人は少ないので、ここで疑似体験をしてほしい」と言う山根さん。

「観光客はもちろん、島内の人も楽しみながら奄美の自然を再認識してもらいたい。そのきっかけの場です」と多くの来館を呼び掛けています。

身近で遠い奄美の自然

地面に掘った巣穴から出て、落ち葉やシイの実を食べるアマミノクロウサギ

人の暮らしのすぐそばに貴重な自然環境が存在する奄美大島。人は積極的に自然に関わり、自然との共存共栄で今の奄美大島があります。しかし、個人で深い深い奄美の森に入ることは容易ではありません。『アマミノクロウサギ』『オットンガエル』、名前は知っていても見たこのない人がほとんどでしょう。

そして、自然が近いがゆえに増え続ける希少動物のロードキル(交通事故)も、実際のアマミノクロウサギを観察することで自ずと問題意識が出てくると思います。アマミノクロウサギと奄美の深い森はすぐそこにあります。この機会に「奄美大島世界遺産センター」で奄美の豊かな自然を疑似体験してみてはどうでしょうか。

奄美大島世界遺産センターへのアクセス

奄美市住用町の黒潮の森マングローブパーク内にある「奄美大島世界遺産センター」へは、奄美空港から車で70分、奄美市名瀬から車で20分、瀬戸内町古仁屋から車で30分。路線バスご利用の方は、古仁屋行き「マングローブパーク前」下車か、西仲間行き「西仲間」下車(徒歩7分)。「マングローブ館」左側の黒い建物です。

( 環境省提供資料 )

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この記事を書いたフォトライター

泉 順義

泉 順義

フリーライター/探検家。北アルプスや塔ノ岳のフィールドワークを繰り返し、ヒマラヤのカラパタール(5643m)に二度登頂する。 2015年、ふるさと奄美大島に帰郷。ウシトリゴモリ(嘉徳)・タンギョの滝(住用)など、秘境の地をこよなく愛する島っちゅ。 地元紙奄美新聞社で自然面を担当。

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